”声の仕事に憧れて”なんていう時期もありまし
たが、”お絵描き”も好きだったので、舌の根も
乾かぬうちに、唐突にデザインもやってみたい
と、いかにもカワシューらしい、優柔不断さ
120%で、将来の方向性が定まらない状態で
したが、進路として美大を目指すことにしまし
た。
現役で私立の美大を4校受けましたが、本命2
校が実技で落っこちたため、親に無理を言って
浪人をさせてもらいました。
両親には申し訳ないという気持ちでいっぱいだ
った、と言う気持ちと、同時に改めて、実力の
なさを実感したのでした。
当時、コピーライター、デザイナー、プランナ
ー、プロデューサーなどと言う、”カタカナ文字
の仕事”が巷の注目を浴びていました。カワシ
ューが憧れていた、声の仕事、DJ(ディスク
ジョッキー)もその一つだったことを思えば、
単純に”カタカナ文字の仕事”に憧れを持ってい
ただけの軽薄な話だったのかもしれません。
いや、”かも”ではなく、そうだったに違いあり
ません。
きっと、トレンディードラマよろしく、セータ
ーをプロデューサー巻きをして、きらきらとし
た、お洒落な街並みを闊歩する姿を、想像して
いただけだったのかもしれません。軽薄ですね。
当人は、そんなフラフラした状態をどう思って
いたか、よく覚えていませんが「それは、それ
で、オレの”持ち味”なのさ」と、自己肯定感
ありありの、のんきで厄介な少年カワシューだ
った、と記憶しています。
そんななか、もうすぐ成人式。なんとかシャキ
ッとしなければいけない、という危機感は全く
と言っていいほどありませんでした。